ケニア・トゥルカナ族の驚異的な視機能
〜光学的に完璧な眼と、人類の視覚能力の極限〜
9月に入りましたが、残暑がまだまだ厳しい日が続いています。
ひそかにこのブログを綴っている「謎のブロガーM」です。
今回ご紹介するのは、私がTV番組の依頼を受けて現地調査に参加し、貴重な体験をしたときのお話です。
私は眼科医として臨床に従事する一方で、眼疾患の病態解明を目的に、遺伝学や分子生物学の研究にも長年取り組んできました。
2007年、日本テレビ「木曜スペシャル・衝撃報告!これは奇蹟なのか、世界ウルトラ超人伝説」から依頼を受け、ケニア北部・トゥルカナ湖周辺に暮らすトゥルカナ族の視機能を検証する機会を得ました。
彼らが「非常に優れた視力を持つ」とされていたことから、私たちは最新の検査機器を多数携えてサバンナへ向かい、その驚異的な視機能の背景に迫りました。 私たちはナイロビからセスナでロドワへ向かい、その後トラックで険しいサバンナの道を進み、トゥルカナ族の集落へ入りました。

トゥルカナ族は、約500年前からヤギやラクダを放牧して生活してきた遊牧民です。


トゥルカナ族の人々は、草木の少ない厳しい自然環境の中、藁で作られた家に電気もなく暮らしています。

日中は自然光の下で遠くを見る時間が多く、夜になれば藁ぶきの家に入り、人工照明のない夜を過ごします。
昼は強烈な太陽光、夜は月明かりと星明かりだけ。
私たちが現地調査を行った際はちょうど満月の時期でした。
周囲に人工的な明かりが全くない大自然のサバンナは、夜でも驚くほど明るく感じられました。
満月がこれほど明るいものだと実感したのは、私自身初めての経験でした。
このような視覚環境の中で育ったトゥルカナ族の若者たちは、きわめて優れた視機能を示していました。
光学的に完璧な“ガラス玉のような眼”
検査を進めると、トゥルカナ族の若者の眼は、光学的に驚くほど整った状態であることが分かりました。
・屈折は正視で、近視・遠視・乱視がほとんどない
・角膜形状に歪みがなく、不正乱視もなし
・高次収差も検出されず、光学的に極めてクリア
・眼軸長や前房深度も理想的なバランス
つまり、一切の歪みや不整のない、
よく磨かれたガラス玉のように、光学的にきわめて理想的な眼球でした。
その結果、
裸眼視力4.0以上という驚異的な視力を持つ人が、複数確認されたのです。

驚異の識別実験: 1km先のヤギ、500m先の妻を見分ける
科学的な測定に加え、現地ならではの識別実験も行われました。
20数頭のヤギの群れの中に自分の飼っているヤギを紛れ込ませたところ、1km先から正確に識別することができました。
また、500m先に並んだ複数の女性の中から、自分の妻を正確に見分けることもできました。
これは単なる静止視力だけでは説明できるものではありません。

なぜここまで見えるのか?
当初は網膜の視細胞の数や間隔に違いがあるのではないかと考えました。
しかし、同じ人間でトゥルカナ族だけ視細胞の数そのものが有意に多いとは考えにくいでしょう。
むしろ、答えは
環境
にあるのだと思います。
私たちはネオンやディスプレイに囲まれた人工的な光環境の中で暮らしています。
そのような環境では、視細胞への光刺激の分布が変化し、結果として2点を識別する能力に影響が生じている可能性があります。
一方、サバンナで暮らす人々は、自然光の下で遠景を見続ける生活をしています。
人工照明のほとんどない環境で、昼夜の強い明暗リズムの中で生活しているのです。
そのような明暗のリズムが網膜機能に影響し、網膜の解像能力を最大限に引き出しているのかもしれません。
人類が本来持っている視覚能力
実際に、
視力の優れたマサイ族でも日本の都市環境で生活すると視力が低下することが報告されています。
また、かつての日本人も視力は良好で、
台湾の原住民族・高砂族の中には視力6.0という記録も残されています。
つまり、トゥルカナ族の視機能は特定の民族に特有の能力ではなく、
人類が本来持ち得る潜在的な視覚能力
なのだと思います。
サバンナが引き出した人類の視覚能力の極限
サバンナという過酷な自然環境が育んだ、
光学的にきわめて整った眼球と、驚異的な総合視機能。
それは単なる「目がいい」という次元を超え、
動体視力や色覚までも含めた
人類が持ち得る視覚能力の極限
を示すものでした。
この現地調査は、眼科医としても研究者としても忘れがたい体験であり、
「人間の視覚は環境によってここまで変わり得る」
――その事実を強烈に実感する機会となりました。

