Blog ブログ

近視の進行をどう止めるか― 見え方を分ける治療:多焦点眼鏡・多焦点コンタクトレンズ ―(治療・介入編②)

これまでのブログでは、

・近視は「視力」ではなく「眼の成長(眼軸長)」の問題であること
・その背景に、調節ラグや周辺デフォーカスといった誤った成長信号が関与していること
・そしてオルソケラトロジーが、周辺網膜での後方デフォーカスを減弱させることで、眼の成長にブレーキをかける治療であること

を整理してきました。

多焦点眼鏡や多焦点コンタクトレンズも、こうした理論的背景に基づく近視進行抑制の方法の一つです。

オルソケラトロジーが角膜形状を変えることで周辺網膜の結像状態を変化させる治療であるのに対し、多焦点眼鏡・多焦点コンタクトレンズは、中心と周辺で異なる見え方を同時に与えることで眼の後方伸長にブレーキかける治療と考えられています。

ここでは、この「見え方を分ける治療」について整理していきます。

多焦点レンズの基本的な考え方

多焦点眼鏡や多焦点コンタクトレンズは、

・中心部:遠方視にピントが合う
・周辺部:前方デフォーカスを誘導する光学要素が配置されている

これらのレンズは本来、老視矯正のために開発された設計ですが、このような光学的特徴が周辺網膜での後方デフォーカスを減弱させる可能性があることから、近視進行抑制への応用が試みられてきました。

実際に使われている多焦点レンズ

現在、近視進行抑制を目的とした多焦点眼鏡としては、

DIMS(Defocus Incorporated Multiple Segments)設計を用いた
HOYA の MiYOSMART

HAL(Highly Aspherical Lenslet)設計を用いた
Essilor の Stellest

C.A.R.E.(Cylindrical Annular Refractive Elements)技術を用いた
ZEISS の MyoCare

拡散光学(Diffusion Optics Technology)を応用した
SightGlass Vision の DOT レンズ

などが知られています。

また、多焦点コンタクトレンズとしては、

CooperVision の MiSight 1 day

などが実用化されています。

これらはいずれも、周辺網膜での後方デフォーカスを減弱させることで、眼軸伸長を抑える方向へ働きかける光学設計です。

理論的には筋の通った設計である

多焦点レンズの発想は、理論的には非常に筋が通っています。

これまで述べてきたように、

・周辺網膜での後方デフォーカスは、眼軸伸長を促す成長信号になりうること
・逆に、周辺で正焦点あるいは前方デフォーカスに近い状態は、眼の伸長にブレーキをかける方向に働くと考えられていること

が示されています。

多焦点レンズは、

・中心視の視力を保ちつつ
・周辺部での結像状態を変える

ことで、視覚環境そのものを「近視が進みにくい方向」へ誘導しようとする治療です。

この意味で、多焦点レンズは、オルソケラトロジーと同じ理論的土台の上にある治療といえます。

しかし、現実の効果には幅がある

では、多焦点眼鏡や多焦点コンタクトレンズには、実際どの程度の効果があるのでしょうか。

結論から言うと、

「一定の効果は期待できるが、その程度には幅がある」

というのが、現時点での現実的な評価です。

近年の臨床研究では、DIMSやHAL、MiSight 1 day などのレンズにおいて、近視進行や眼軸伸長を抑制する効果が報告されています。

多くの研究では、近視進行の抑制効果は概ね30〜50%程度とされており、一定の有効性が確認されています。

ただしその効果は、

・レンズの種類
・装用時間
・年齢
・近視の進行速度
・生活環境

などによって変化し、個人差が大きいことも知られています。

したがって、多焦点レンズは理論的にも臨床的にも有用な選択肢ですが、

「必ず強く効く治療」

というよりも、

「効果に個人差のある光学的介入」

として理解しておくことが大切です。

なぜ効果に個人差が生じるのか

多焦点眼鏡や多焦点コンタクトレンズの効果には、一定の幅がみられます。

その理由として、いくつかの要因が考えられます。

① 周辺デフォーカスの改善効果が十分に作用しない場合がある

眼鏡やソフトコンタクトレンズでは、

・視線が常にレンズ中心を通るとは限らない
・そのため、周辺部の設計どおりの結像状態が網膜に形成されていない可能性がある

といった理由から、理論上は周辺デフォーカスを操作していても、実際の視覚入力としては十分に作用しない場合があります。

② 日常生活での装用状況に左右される

日常生活では、

・装用していない時間がある
・近業・遠方視で使い分けが曖昧になる
・姿勢や視距離が一定でない

といった要因によって、周辺網膜で設計どおりの結像状態が形成されないことも少なくありません。

③ 眼の成長反応には個人差が大きい

同じ多焦点レンズを使用しても、

・明らかに進行が緩やかになる子
・ほとんど変化がみられない子

が存在します。

これは、多焦点レンズに限らず、眼の成長反応そのものに個人差があるためと考えられています。

多焦点レンズはどのような場面で有効なのか

ここまで読むと、

「では、多焦点レンズの効果は限られているのではないか」

と思われるかもしれません。

しかし、多焦点眼鏡や多焦点コンタクトレンズは、

・侵襲性が低い
・日常生活への負担が少ない
・導入しやすい

という大きな利点を持っています。

そのため、

・近視の進行が比較的緩やかな場合
・他の治療法が選択しにくい場合
・生活環境の調整と組み合わせて用いる場合

には、有効な選択肢となります。

多焦点レンズは、単独で近視進行を抑える治療というよりも、

眼の成長環境を整えるための光学的介入の一つ

として位置づけるのが適切です。

多焦点レンズは「単独治療」ではなく「補助的な治療」

多焦点眼鏡や多焦点コンタクトレンズは、

それだけで近視進行を十分に抑える治療というよりは、

視覚環境を少し良い方向へ修正する光学的介入

と位置づけるのが適切です。

環境調整(屋外活動や視距離の切り替え)と組み合わせ、さらに必要に応じてオルソケラトロジーや薬物療法を併用することで、本来の価値がより発揮されやすくなります。

まとめ:多焦点レンズは「強力ではないが、有用な選択肢の一つ」

多焦点眼鏡や多焦点コンタクトレンズは、中心と周辺で見え方を分ける治療で

・周辺網膜での後方デフォーカスを減弱させる
・視覚環境を近視が進みにくい方向へ調整する

という、理論的に妥当な方向性を持つ治療です。

ただし、

・効果は中等度であること
・個人差が大きいこと
・単独では限界があること

を理解したうえで、適切に位置づけることが重要です。

近視治療において大切なのは、

「どれが一番効くか」

ではなく、

その子の眼の成長反応に応じて、どの治療や介入をどのように組み合わせるか

という視点です。

次回予告

近視の進行をどう止めるか〈治療・介入編③〉
― 低濃度アトロピンはなぜ効くのか ―

薬が「視覚入力」ではなく、
眼そのものの成長反応にどう作用するのかを整理します。

 
Page top