見えない原因は、目の中のカビだった―― 健康な人にも起きた、意外な眼内炎 ――
今回紹介するのは、日常診療で経験した印象深い症例です。
患者さんは56歳の健康な女性でした。
ある年の7月下旬、発熱と頭痛が出現しました。数日後には両眼の視力低下と霧がかかったような見え方(霧視)を自覚し、近くの眼科を受診しました。
診察では、両眼に前房炎症細胞、角膜後面沈着物、雪玉状の硝子体混濁、さらに後極部には円形の網脈絡膜浸潤病変が認められました(写真1)。

発症初期には、後極部に円形の浸潤病変(白矢印)が1つ認められました。
一見すると、炎症性ぶどう膜炎と区別がつきにくい段階の所見です。中年女性に両眼性のぶどう膜炎。
この組み合わせから、まず考えられたのは、サルコイドーシスなどの感染症ではない炎症性ぶどう膜炎でした。
実際、このような円形病変は炎症性ぶどう膜炎でもよくみられる所見です。
一方で、カビ(真菌)による眼内炎の初期像として現れることもあります。しかし、その頻度は極めて稀で、健康な人に起こることはほとんどありません。
前医ではサルコイドーシスが疑われ、ベタメタゾン点眼に加え、プレドニゾロン30 mg/日の内服、さらにベタメタゾン結膜下注射、トリアムシノロンアセトニドのテノン嚢下注射が施行されました。
しかし、炎症は改善するどころか、前房炎症と硝子体混濁はむしろ増悪し、視力は数週間の経過のなかで、少しずつ、しかし確実に低下していきました。
気づけば、視力は両眼とも手動弁(目の前で手を振る動きが、かろうじて分かる程度)まで低下していました。
硝子体は白く濁り、眼底はほとんど見えない状態となり、当院へ紹介となりました。
病変は、最初はぶどう膜内の円形浸潤病巣として始まり、次第に網膜へ、さらに硝子体側へと進展してきたものでした。
当院に紹介された時、目の中には羽毛状の硝子体混濁が広がっていました(写真2)。

病変はぶどう膜から網膜へ、さらに硝子体内へと広がり、羽毛状の硝子体混濁が広範に認められました。
前眼部には前房蓄膿も認められました。
これは非肉芽腫性ぶどう膜炎でもみられる所見ですが、真菌感染でも生じます。
経過と所見から真菌性眼内炎を疑い、ステロイドの内服および点眼は減量・中止しました。
抗真菌薬の点滴による全身投与を開始し、その後、硝子体手術を施行しました。
硝子体手術は、著しく濁った硝子体を取り除くこと自体が治療であり、同時に診断を確定する手段でもあります。
いわゆる「診断的治療」です。
採取した検体からは真菌が検出され、培養検査により、
糸状真菌のシュードスポリウム・アピオスペルマム(Scedosporium apiospermum)が同定されました。
血液検査では検出されなかったβ-Dグルカン(真菌のマーカー)は、硝子体中では異常高値を示していました。
真菌が眼の中で異常に増殖し、強い炎症を引き起こしていたことが明らかになりました。
炎症の病勢は、硝子体手術と抗真菌治療により、何とか沈静化しました。
視力の改善は乏しかったものの、進行は食い止められ、両眼失明という最悪の事態は免れました。
眼の炎症を前にすると、まず炎症性ぶどう膜炎、すなわち免疫機序の関与する疾患を考えるのは、眼科診療においてごく自然な判断です。
実際、その多くは正しく、日常診療の中心をなす疾患群でもあります。
しかし、ときに「よく知られた疾患の顔」をして、まったく異なる病態が潜んでいることがあります。
今回の症例が示しているのは、診断の過程で「可能性が低い」と判断した病態を、完全に切り捨ててしまうことの危うさです。
健康な人においても、真菌が体内に侵入し、血行性に眼へ移行することがあります。
本症例でも、後に真菌による尿路感染が判明し、そこから眼へ移行したと考えられました。
ステロイド治療下で数週間単位に進行する視力低下
その進行速度
円形から羽毛状へと変化する病変の形態
前房蓄膿という所見
これら一つ一つは、眼が発していた重要なサインでした。
必要なのは、経過と所見を丁寧に見直し、初期の仮説にとらわれすぎず、診断と治療の方向性を再考する姿勢です。
その結果、真菌性眼内炎という診断に至り、治療を切り替えたことで、最悪の転帰は回避されました。
もう一つ重要なのは、ステロイド全身治療を中止するという判断の重みです。
それは、患者さんにとっても医療者にとっても、
これまでの治療方針を否定するように感じられる選択です。
しかし臨床の現場では、
その決断を避けてはならない瞬間があります。
――見えない原因は、目の中のカビだった。
この症例は、診断に立ち返る冷静さと、治療を切り替える勇気が、視力を守るうえでいかに重要であるかを、改めて教えてくれました。
