命を救う診断——見逃されがちな眼内悪性リンパ腫
「見えにくい」「かすむ」といった目の症状を、年齢のせいと見過ごしていませんか?
実はその奥に、命に関わる病気が隠れていることがあります。今回は、私たちのクリニックで経験した症例をもとに、「眼内悪性リンパ腫(PIOL)」という稀で重篤な疾患を早期に診断し、命を守る治療へとつなげた実例をご紹介します。
はじまりは「両眼のかすみ」
ある高齢の患者さまが、両眼のかすみを訴えて受診されました。数ヶ月前から症状が続き、かかりつけ医から大きな病院を受診され、ぶどう膜炎との診断を受けておられました。眼底には小さな白色病変もあり、サルコイドーシスなどが疑われましたが、確定的な所見がなく診断に難渋していたそうです。
治療に反応しない「ぶどう膜炎」
ご紹介いただいた時点では、前眼部炎症や硝子体混濁があり、ステロイド点眼や内服に対して反応が乏しいという状態でした。OCT検査では、網膜下に多発する白色の病変が確認され、年齢や経過を踏まえて、私たちは眼内悪性リンパ腫の可能性を強く疑いました。
硝子体生検(手術)による確定診断をお勧めしましたが、患者さまは通院のご都合から手術は望まれず経過観察となりました。


眼底写真とOCT画像の解析
この疾患の診断には、OCT画像での網膜下白色病変の確認や、眼底にみられる散在性の小病巣が重要な手がかりとなります。硝子体混濁のため画像が見えにくくなることもありますが、それもまた眼内悪性リンパ腫の特徴の一つです。
「診断的治療」としての硝子体手術へ
定期的な経過観察のなかで症状の進行を自覚された患者さまに対し、硝子体混濁を除去しつつ診断を確定する「診断的治療」として、硝子体手術をご提案しました。すると、「ここで手術が受けられるならお願いしたい」とのご希望をいただき、まず右眼、続いて左眼に対して硝子体手術を施行しました。
衝撃の診断結果と命を救う治療へ
手術後の病理検査では、予想通り異型細胞(悪性細胞)が検出され、さらに眼内のインターロイキン10濃度も高く、眼内悪性リンパ腫(PIOL)と確定診断されました。
この疾患は、放置するとほぼ確実に中枢神経(CNS)へ進展し、生命予後は極めて不良です。無治療では、CNS浸潤後の生存期間は数ヶ月~半年以内とされます。しかし、適切な治療を行うことで生存期間が大幅に延びることが分かっています。
治療による延命効果
治療法 | 完全寛解率(CR) | 中央値生存期間(MST) | CNS進展までの期間(PFS) |
無治療 | なし(進行確実) | 2~6ヶ月 | CNS進展はほぼ100% |
硝子体内MTX単独 | 70~90% | 30~50ヶ月 | 20~30ヶ月 |
HD-MTX / R-MPV併用 | 50~80% | 50~70ヶ月 | 30~40ヶ月 |
HD-MTX / R-MPV + WBRT(若年者) | 60~90% | 5年以上の生存も可能 | 長期寛解が期待 |
- 無治療ではCNS浸潤後の進行が速く、数ヶ月で致死的に。
- 硝子体内MTX単独では眼病変の制御が可能だが、CNS進展の抑制は不十分。
- HD-MTXやR-MPVの全身治療を併用すると、生存期間が50~70ヶ月まで延長。
- 若年者ではWBRT(全脳照射)を加えると5年以上の長期生存も可能
つまり、PIOLの治療は単に視力を守るだけでなく、生命予後の大幅な改善につながるため、適切な治療選択が極めて重要です。
早期診断・治療が命を救う
「ただのかすみ」と思っていた症状が、実は命に関わる疾患であることがあります。眼内悪性リンパ腫は非常に稀で、診断が難しい病気ですが、当院では専門的な知識と経験を活かし、早期診断・治療に努めております。「見えにくい」「かすむ」といった症状を放置せず、おかしいと感じたらすぐにご相談ください。
※本記事は、特定の個人を識別する情報を含まないよう十分に配慮された内容であり、医療啓発を目的として作成されています。記載された情報は、筆者の臨床経験に基づいた一般的説明であり、すべての症例に当てはまるものではありません。