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見え方は普通。でも、眼底は正直でした―― 眼科受診をきっかけに向き合うことになった糖尿病 ――

桜が咲き始めました。
毎年同じように咲いているはずなのに、なぜか今年の桜は少し違って見える──そんなふうに感じることがあります。

これまで6回にわたり、近視はなぜ起こり、どう進み、どうすれば抑えられるのかについて書いてきましたが、ここで少し一息ついて、今回は実際の症例をご紹介したいと思います。

ひそかにこのブログを綴っている、謎のブロガーMです。

今回の症例は、眼科外来ではごくありふれた受診理由から始まりました。

患者さんは60代の男性で、見え方の変化を年齢による老眼や白内障の始まりではないかと考えて受診されました。

「最近、新聞の字が少し見づらくて」

痛みはなく、急激な視力低下もありません。
日常生活に大きな支障を来しているわけでもなく、
ご本人も「特に困ってはいない」という印象でした。
眼科外来では、決して珍しくない場面です。

診察の結果、前眼部には特別な異常は認められませんでした。
視力も年齢相応で、ここまでであれば加齢に伴う変化として説明がつきそうな状況でした。

ところが、眼底を観察したとき、私は一瞬、手を止めました。

この所見からまず頭に浮かんだのは、糖尿病網膜症でした。
ただ、その場では所見を一つずつ丁寧に確認する必要がありました。

網膜には小さな出血や白い斑点が散在し、細い血管には不自然な変化がみられました。
いずれも、視力が保たれている段階でも出現し得る、糖尿病網膜症が中等症に至る過程でみられる所見です。

見え方に大きな異常がなくても、網膜にはすでに変化が現れています。

糖尿病では、血糖値の高い状態が長く続くことで、全身の細い血管が少しずつ障害されていきます。
網膜は、その影響を非常に受けやすい臓器の一つです。

糖尿病網膜症(中等症)の眼底写真(上:右眼、下:左眼)
網膜内の点状・斑状出血、硬性白斑、毛細血管瘤を認めます。
特に左眼では、慢性的な網膜虚血を示唆する軟性白斑(綿花様白斑)も散在しています。

糖尿病網膜症は、初期から中等症の段階ではほとんど自覚症状を伴いません。
しかし、眼底を観察すると、出血や毛細血管の異常、白斑といった変化が、静かに、しかし確実に現れます。

眼底所見を説明したうえで、これまで糖尿病を指摘されたことがあるかを尋ねると、患者さんは首を横に振られました。
健康診断も、しばらく受けていないとのことでした。

この時点で、眼科診察が全身疾患を見つける入口となりました。

その後の採血検査で、血糖値およびHbA1cの異常が明らかとなり、糖尿病と診断されました。
糖尿病網膜症がこの段階で見つかるということは、糖尿病そのものは、もっと以前から静かに続いていたと考えられます。

多くの場合、発症は40代から50代とされ、診断されないまま年月が経過し、60代になって初めて合併症として姿を現すことも少なくありません。
眼底には、そうした時間の積み重ねがそのまま刻み込まれます。

糖尿病網膜症の眼底を見ていると、眼は「今」だけでなく、「これまで」を映しているのだと実感させられます。
数年から十数年にわたる高血糖の状態が、視力低下という形を取らなくても、網膜には正直に残されているのです。

この患者さんは内科へ紹介され、治療が開始されました。
幸い、網膜症は中等症の段階であり、まだ重症には至っていませんでした。

病変の進行を抑える目的で網膜光凝固による治療介入が必要な状態ではありましたが、適切な血糖管理と定期的な眼科フォローによって、視機能を保つことが十分に期待できる状況でした。

糖尿病網膜症は、かつては日本における中途失明の第1位でした。
近年は治療の進歩により順位を下げていますが、依然として第3位を占める病気です。

もし、このタイミングで眼科を受診していなければ、数年後には、まったく異なる形で病気と向き合うことになっていた可能性もあります。

糖尿病網膜症は、「見えなくなってから見つかる病気」ではありません。
見えているうちに、すでに始まっている病気です。

眼は、静かに、そして正直に、体の状態を映し出します。
この症例は、そのことをあらためて教えてくれるものでした。

 
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